※写真:性被害の後遺症により、世界がモノクロに見えるようになったことをきっかけに、モノクロ写真家になった、にみやさをりさんの写真集「幽き(かそけき)声」より
世界がモノクロになっているーーーー。
被害後、現れた後遺症はどんなものだったか、お話ししたいと思います。
私は大丈夫、あんな事件すぐに忘れられる、乗り越えられる、と思っていました。しかし、徐々に心身が擦り減っていき、気がつけば、日常生活を行うことが困難になっていました。
ある日、いつものように、書店営業に出かけ、信号を渡ろうとした時のことです。あれ?と思った瞬間、信号の赤や青が判別できない自分がいました。そして気づきました・・・。
世界がモノクロになっているーーーー。
愕然としました。
ありとあらゆる色が失われているんです。赤も青も黄色も緑も。何もかもがグレートーンでした。その場にガクリとしゃがみこみ、動けなかったことを今でもありありと思い出すことができます。
さらに、向こうから横断歩道を渡ってくる人たちがみな同じ顔に見えるんです。人間として認識できない、仮面をかぶったただの人型の化け物でした。
以来、10年間、私はモノクロの世界の住人になりました。このことをきっかけにモノクロ写真家になりました。
私は大丈夫、あんな事件すぐに忘れられる、乗り越えられる、と思っていました。しかし、徐々に心身が擦り減っていき、気がつけば、日常生活を行うことが困難になっていました。
ある日、いつものように、書店営業に出かけ、信号を渡ろうとした時のことです。あれ?と思った瞬間、信号の赤や青が判別できない自分がいました。そして気づきました・・・。
世界がモノクロになっているーーーー。
愕然としました。
ありとあらゆる色が失われているんです。赤も青も黄色も緑も。何もかもがグレートーンでした。その場にガクリとしゃがみこみ、動けなかったことを今でもありありと思い出すことができます。
さらに、向こうから横断歩道を渡ってくる人たちがみな同じ顔に見えるんです。人間として認識できない、仮面をかぶったただの人型の化け物でした。
以来、10年間、私はモノクロの世界の住人になりました。このことをきっかけにモノクロ写真家になりました。
現実感も、時間感覚も、感情も失われていきました
また、現実感や時間感覚が失われていきました。
自分がいまどこにいるのか、何をやっているのか、認識できなくなりました。
周囲の人が発する言葉が、まるで宇宙人の信号のように聞こえ、自分の声も認識できないんです。
これだけにとどまらず、自分の体、目も手も足も、すべてが自分を取り囲む世界と、切り離されて別個のものに感じられるようになりました。
やがて、嬉しいとか楽しいとか悲しいとか憎らしいとか、そういった感情も失われていきました。何をしていても、自分がぽっかり宙に浮いているかのような感覚に陥りました。
その一方で、平静に生活を営んでいるかのように装おうとする機能が働いて、なおさら自分が両極に引き裂かれていくような感覚に常に陥っていました。
後で分かったことですが、「離人感」というものになっていたそうです。でも当時はわからなかったので、とても恐ろしかったのを覚えています。でもその恐ろしささえもが、自分のものではないかのような感覚に陥っていきました。
自分がいまどこにいるのか、何をやっているのか、認識できなくなりました。
周囲の人が発する言葉が、まるで宇宙人の信号のように聞こえ、自分の声も認識できないんです。
これだけにとどまらず、自分の体、目も手も足も、すべてが自分を取り囲む世界と、切り離されて別個のものに感じられるようになりました。
やがて、嬉しいとか楽しいとか悲しいとか憎らしいとか、そういった感情も失われていきました。何をしていても、自分がぽっかり宙に浮いているかのような感覚に陥りました。
その一方で、平静に生活を営んでいるかのように装おうとする機能が働いて、なおさら自分が両極に引き裂かれていくような感覚に常に陥っていました。
後で分かったことですが、「離人感」というものになっていたそうです。でも当時はわからなかったので、とても恐ろしかったのを覚えています。でもその恐ろしささえもが、自分のものではないかのような感覚に陥っていきました。
離人感(りじんかん)とは、身体または精神から自分が切り離されたような感覚が持続的または反復的にあり、自分の生活を外から観察しているように感じること(離人感)や、自分が外界から切り離されているように感じること(現実感消失)があります。
通常は強いストレス、特に小児期の情緒的虐待やネグレクト、その他の大きなストレス(身体的虐待の経験や目撃)が引き金となって発症します。
事件にあった恐怖で、それまで普通にできていたこと、例えば雑踏を歩くことだったり、友達と普通に話すことができなくなります。
何かをきっかけにして、事件当時の記憶が、雪崩のように押し寄せてきて、全身が硬直し、頭を抱えてしゃがみ込む、ひどければ卒倒する。そうやっても、襲ってきた恐怖は去ってくれず、結局何も手につかなくなるという状況でした。
何かをきっかけにして、事件当時の記憶が、雪崩のように押し寄せてきて、全身が硬直し、頭を抱えてしゃがみ込む、ひどければ卒倒する。そうやっても、襲ってきた恐怖は去ってくれず、結局何も手につかなくなるという状況でした。
常に何かしていなければという強迫観念で呼吸困難になりました
と同時に、休むことができないというのも、現れてきた症状の一つです。一度立ち止まってしまったら、二度と立ち上がれない、生きていけないという強迫観念に囚われてしまうのです。
過去の事件に呑み込まれてしまったら、私は死んでしまう、追いかけてくる恐怖から逃れるため、ひたすら何かをしていなければいけない、という思いにがんじがらめになっていました。そういう時は大抵、呼吸困難に陥りました。心臓が鷲掴みにされたかと思うほどのギューギューとした痛みに襲われました。
過去の事件に呑み込まれてしまったら、私は死んでしまう、追いかけてくる恐怖から逃れるため、ひたすら何かをしていなければいけない、という思いにがんじがらめになっていました。そういう時は大抵、呼吸困難に陥りました。心臓が鷲掴みにされたかと思うほどのギューギューとした痛みに襲われました。
眠れないという症状も、事件直後からあった症状です。悪夢を見るだけでなく、そもそも眠りにつく、体を横にする行為ができないんです。だから、歯医者にも、整形外科や内科にもいけなくなります。そういう不自由がたくさん私の日常を奪うかのようにやってきました。
自分は汚れている、とやけくそになりました
また、これはレイプされた人なら、誰もが経験するのですが、自分を汚物かゴミ箱のようにしか思えなくなりました。自分は汚れている、こんなに汚れてしまったのだから、どうにでもなれとやけくそになってしまうのです。
性被害に巻き込まれた人が、二度三度と、繰り返し被害にあうのは、こういった理由からです。やけくそになっているから、すべてがどうでもいいんです。自分の価値を見出せないうえに、自分は汚れている、すべて自分が悪いと、考えてしまうから、もうどうにでもなれ!となってしまうんです。自分を大切にできないと、どんどんドツボに嵌っていくという構図です。
(第4回につづく)
性被害に巻き込まれた人が、二度三度と、繰り返し被害にあうのは、こういった理由からです。やけくそになっているから、すべてがどうでもいいんです。自分の価値を見出せないうえに、自分は汚れている、すべて自分が悪いと、考えてしまうから、もうどうにでもなれ!となってしまうんです。自分を大切にできないと、どんどんドツボに嵌っていくという構図です。
(第4回につづく)
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■にのみやさをりさんプロフィール
- 1970年生まれ。横浜市在住。
- 1997年、初めてカメラを手にする。
- 2001年より年に一度のペースで、東京都国立市の喫茶店「書簡集」にて個展を催す。
- 2007年から2012年まで性犯罪被害者らと共に「あの場所から」に取り組む。
- 2010年夏、第6回アンコールフォトフェスティバルのAsian women photographers' showcase 2010にて『あの場所から』を上映。性犯罪被害者サポート電話「声を聴かせて」の活動を開始。
- 2011年秋、窓社より写文集「声を聴かせて/性犯罪被害と共に」を出版。
- 2012年6月、東京・禅フォトギャラリーにて個展「鎮魂景」
- 2013年冬ChobiMela 7 international festival of photography
Bangladesh,2013(Theme:Fragility,"From That Place: The Voice of Being") - 2014年4月5日から5月5日Reminders Photography Strongholdギャラリーにて「彼女の肖像~杏子痕」展を開催
- 2018年東京・代々木「cafe nook」にて『「乳白」、そして「忘白」へ』写真展&朗読劇上演。
- 2018年11月藤元敬二氏との二人展「聴くこと」開催
- 2019年6月東京・代々木cafe nookにて「黎明歌」開催